こんなのもございます [モン・コ・ノーイ]
ブログでやることは他にもあるのですが、今回はまずとりあえずこれを。前回の小壷との比較参考品です。
モン・コ・ノーイ銀化小壷 高さ44ミリ






モン・コ・ノーイの灰釉の小壷が、長い間土中にあった為、化学変化(用語としては一種の銀化と言えます)をおこしたものです。もともとは深緑系の灰釉ですが、ほぼ全体を覆うほどのすごい化学変化をおこしており、盛り上がっている部分もあります。ただ、色合い的には美しい銀化であるとは言えないです。
モン・コ・ノーイの灰釉小壷には、部分的に銀化が見られるものが比較的多いのですが、これはスンコロク陶よりも土中にあった年月がさらに長いことも理由の一つに挙げられるのではないかと思います。また、灰釉系はどちらかというと、青磁などの他の釉のものよりも、成分的に銀化しやすい傾向があるようです。
スンコロクの小壺に関しての考察(口縁部に釉薬が掛かった欠けがあるもの)② [モン・コ・ノーイ]
「口縁部に釉薬が掛かった欠けがあるもの」に関してなのですが、今回はこのモン・コ・ノーイの小壷です。


釉の状態はかなり良くないです。口縁部にもホツがあるのですが、へこんでいる部分には釉が残っているのが確認できます。よって、へこみは施釉以前のものだと推測できます。
資料がこれ単品であったら、へこませるのは、意図してやっているのか否か推定する事はできません。ですが、数百個(千はゆうに越えているのかも)のモン・コ・ノーイの小壺を目にしてきたのですが、こういった例は全体から見ると極めて稀です。この小壺はなんらかの要因でへこんだだけという可能性が高いです。
研究する場合の資料の考察というものは、なるべく多く集め、総括して考慮することが望まれるものです(と教わりました)。今回のモン・コ・ノーイの小壺に関しては、少なくとも慣例としては基本的に、意図してへこみをつくることがなかったであろうと思われます。また、口縁部のつくりが歪んでいたり、ちょっとしたホツの上から施釉されたものなら別に例を挙げるまでもない位、数多く存在しています。これも考慮されるべきでしょう。
※ただし、普段は作っていなかったといっても、絶対にそういったものを作らなかったという根拠にはなりません。今回の小壺は一応まだ保留なのです。今後さらに資料を見ていきたいと思っております。
以下はかつて某所で投じられたジャイロボールの録画です。
[薄手の小壺などは、土中で硬い鉄の棒が当ると、その部分に穴が開いてしまいます。たまに器用にも底部がぶちぬかれて穴が開くこともあります。ときどき「小壺に穴が開いているが、何のためか分からない。水滴に使ったのであろうか?」などと微笑ましいコメントを載せる方がおられますが、おそらくは、「そんなわきゃねーだろ!」ということでございます。現地でどのように盗掘がなされているのかを知っていれば、どのような傷がつくかも、いくらかは想像できようというものです。そうすればリペアに対してもある程度の対応ができるでしょう。思いもかけない所にできた穴がリペアされたりしているものなのです。結局、長年陶器はいじくっていても、現地で肝心なところまで掘り下げて学ぶ姿勢が足りてない方が多いのです。]
こういったことにならない為にも、できる限り十分な調査をしたいものです。それにしてもジャイロは時として頭めがけて飛んでくる危険な球ですね♡
次回も別の資料を使って考察して行きたいと思います。
小さくて、ゴメンナサイ。 ② [モン・コ・ノーイ]
お久しぶりでございます。
やはり、ブログのかけもちはキツイのでしょうか。とかいって両方更新してなかったのですけれど。
(某所でひっそりやっているのです)。
今回は、モン・コ・ノーイの小さめの小壺を出してみました。
以前に出した双耳小壺と見比べていただいたら、小さめなのが分かると思います。
モン・コ・ノーイの灰釉小壺 小さい方で高さ約28ミリ
両方とも少し歪んでしまっています。やはり、この土ではここらへんが限界なのでしょうか?

でも、まだまだですね。
⑤この二つ(モンとチャリエン?)の小壺は、別窯であるのか [モン・コ・ノーイ]
「黒褐釉(及び黒褐釉系)」陶を専門で作っていた「チャリエン窯」と呼べる存在は現在に至るまで発見されていないようです。ですが、これらの小壷を作っていた場所が全く特定できていないという訳ではありません。黒褐釉及び黒褐釉系の小壺は、実はコ・ノーイ地区からも出土します。(というよりもコ・ノーイ産のものが多数であると言ったほうが良いです)。
私が現地の知人達に確認したところ、黒褐釉系の小壺とその他の色の灰釉系の小壺は、ほぼ同じ場所から出土することもあったとのことでした。かつて知人の所へ小壺の盗掘品が「昨夜掘って見つけた」などと言って持ちこまれたことも何度もあったみたいです。両方の釉の小壺がまとめて一緒に、です。さらに言えば、かつて私自身にも同様の件がありました。おそらくは両者が同窯で同時期に作られていた場合があったものと推測して良いと思います。
シー・サッチャナーライの現地の方の中でも、こういったことを知る方は、もし「小壺には、モン(灰釉系)とチャリエン(黒褐釉系)に分類できる特徴がある」などという言葉を聞いたら「???」となると思います。(今回、実際に現地でまた確認を取りましたが、まったくこの通りでした)。
さらにまた、多くのタイの現地の骨董関係の方々に確認しましたが、「現地で両者を厳密に分類する事は基本的にないし、釉の色の違い以外は確実な分類基準自体が確定していない」とのことでした。窯自体も別の地区の別窯で作られたと主張する人自体がいなかったです。要するに私が述べてきた通りであるということです。黒褐釉系のものとそれ以外の色の灰釉系もすべて含めて「モン」なのです。
まとめ
小壺に関しては、「黒褐釉(及び黒褐釉系)」のものがコ・ノーイ地区でも作られていたことは少なくとも間違いのないことである。また、「それ以外の色の釉(灰釉)のモン陶と同時に焼かれていた場合があった」という可能性が極めて高い。少なくとも「黒褐釉(及び黒褐釉系)」が全て専門の窯で作られていたという事実はありえない。
※今回「チャリエン」に関してタイ語での正確な発音を再確認してきました。タイ語の発音は「チャリエン」ではなく「チャリアン」のほうが正しいです。タイのテレビ番組の遺跡紹介などでも「チャリアン」と発音されています。日本で「チャリエン」が定着してしまった理由は不明ですが、もっと重要なものと思える窯の名称もほとんどがデタラメな発音ですから、まあ、いつもの事なのでしょう。英語表記に関しても問題があるのも同様のことです。(なお、「チャリエン」と言っていたタイ人も極少数いたのですが、どうも日本人などの外国人がデタラメな発音で教えたのをよく分からずにそう覚えて言っていただけみたいです)。
「チャリエン」の全貌とは、その発音すらもいいかげんなものであり、タイ語でろくに確認も取れないような低レベルの、非常に無責任な人たちによる架空の存在(でっちあげとも言う)というのが真相に近いのではないでしょうか。ちなみに双耳壷あたりでも耳の位置(高さ)・底部のつくりなどの点において両者の完全な区分は不可能です。
(繰り返しになりますが、これらの中から明確に特徴の異なるものを別に選び出して分類するということに関しては、その可能性を否定するものではありません)。
モン・コ・ノーイ灰釉双耳小壺 高さ約35ミリ
緑色系の灰釉で完品の双耳小壺です。もう少し耳のかたちが揃っていたほうが良い気もしますが、耳の穴まで開けられており、丁寧なつくりです。3枚目は前出の双耳小壺と並べてみました。



有難うございます 祝!総アクセス「2000」オーバー!! その2 [モン・コ・ノーイ]
それでは、まずリクエストがございましたので、500円玉と一緒に写してみました。リクエストがあって嬉しかったので、サービスで500ウォンもついでに写してしまいました。よく考えると大きさが一緒なので、意味がなかったですね。すみません。

今度はねり消しゴムでくっつけてみました。(こんなことをしても平気なくらいの釉の状態です)

それでは、この双耳小壺について私なりの解説を致します。実はこの小壺、残念ながら完品ではありません。でも片方の耳に、おそらくは当たり傷によるものと思われる僅かな釉の剥がれがあったりするくらいなのですけれど。ちょっと残念です。しかし、ほお擦りしたくなるようなこの美しいフォルム、あっ、すみません、そういうことではないのです。
要はこんなに小さめの双耳小壺は、そんなに沢山あるものではないということには賛成していただけるでしょうか。そして、底部などから見ても、底部に届くまで丁寧に施釉されているのが分かることなどをとっても、この小壺は力量を持った職人さんが、けっこう丁寧につくったものであると考えることができると思います。もしかしたら、祭器用などの特別なものだったのかもしれません。でも、私が問題にしているのは、そこではないです。
丁寧に作られたものであると思ったのに両方の耳を比べてみると、、、


もう、お気付きですね。両方で耳の付け方が違うのです。「なんだ、その程度の事か」とがっかりしてしまった方がおられましたら申し訳ございません。
ですが、これはいいかげんに作ったために耳の付き方が違うのではないと思います。片方は、「耳の下部を丸めて付ける付け方」、もう一方は「指か何かでこすりつけたような付け方」です。
「耳の下部を丸めて付ける付け方」は、中国の双耳壷の影響下のものと言え、もう一方の「指か何かでこすりつけたような付け方」は、後のスンコロク陶にまで引き継がれていった一般的な形式です。それぞれが一つの形式として存在すると考えられてきたものです。
もしかしたら結構例があるのかも知れませんが、どっちにしろこれほど小さい双耳小壺でこう言った例は少ないのではないかと思います。多分。
この双耳小壺から推測できる事は、「一人の人間(職人)が、2種類の耳の付け方を知っていた」と言うことです。また、「同時に同地区で2種類の耳の付け方が存在していた時期があったと考えられる」ということでもあるかもしれません。(「どちらか一方の手法が以前に使用されていたのを懐かしんでやった」などと言う考えは、外しました。なぜならこの両方の手法が、この双耳小壺と同時期か、これより後に作られたものと思われるものにも使用されているからです)。
「タイの陶磁器は耳を見れば形式が決まっているので判断できる」と言う方がおられるようです。大体その通りとも言えます。ちょっと留意する点なのですが、モン・コ・ノーイの双耳壷に関しては、2種類の耳の付け方が存在するのです。
この双耳小壺を作った職人さんが、何を意図してこれを作ったのかをいろいろ考えて想像するのは楽しいですね。ただ、それはあくまでも想像の域です。でも、この職人さんの双耳小壺のおかげで、いくつかの推測(仮説)は立てることができました。職人さんの意図した事とは違うのかも知れませんが、一つのメッセージとなって今の時代に届いたのです。
有難うございます 祝!総アクセス「2000」オーバー!! [モン・コ・ノーイ]
誠に有難うございます。おかげさまで総アクセスが2千を突破致しました。
最初は一日に10件程度のアクセスだったのですが(すみません、少し見栄を張ってしまいました。本当は初日は8件だった気が致します)、今では更新するとコンスタントに5~60件くらいのアクセスカウントになっております。多い日には100件を越えた日もあります。大変感謝致しております。
というか、「それならサボってないでちゃんと更新してたら、もっとはやかったんじゃねーか!」という声がどこからか聞こえてくるような気が致します。
登録してからけっこう長い間、書きもしないでほったらかしにしておりましたので、このブログを書き始めたのは今年の9月に入ってからです。その理由は一番最後のところで書いてあるのと同じ理由です。
途中、ディープインパクトの3着及び失格事件のせいで引きこもりになっていたので、かなりさぼってしまい、すみませんでした(本当は違いますが)。でも、いろいろやることがありますので。先日「パリの恋人」が終わったとは言え、ポケモンをしないといけなかったりして忙しいので、赦して下さいね。
こんなマニアックなブログなので、3ヶ月程でこんなにアクセスが出るとは思ってもみませんでした。どうも骨董関係の方たちにも熱心にチェックされているもようです。嬉しくて耳の穴が開いた双耳壷を探しに行ったり、意味も無く「ギャラリーフェイクS」を発動してしまいそうです。(冗談です)。
今後もいろいろマニアックなものや話を出せるように頑張りますので、よろしかったらこのブログに是非お立ち寄り下さいませ。(あと、ポケモンも少々苦痛ですが、頑張ろうと思います)。私が調べたり、コレクションしたものが皆様の何かの足しとなれれば幸いです。今後ともよろしくお願い申し上げます。
ただ、双耳壷は本当に持っているので、面倒くさいけど、また取り扱わないといけないかもしれませんね。面倒くさいから、しばらく触れないようにしていたのですが。
双耳小壺です。 高さ34ミリ
2000オーバーということで、私なりに面白いものを出そうと思ったのですが、こんなものですみません。ただ、私なりにはけっこうスゴイ小壺だと思ったのですが、、、。
何がどうと言うのは、次回に説明致します。もしかしたら、意外と大したことではないかもしれないですけれど。以前にも書きましたが、提示された物事に関して鵜呑みにするのではなく、自分で判断する事・いろいろ考えてみる事は大切です。ここは読者様も自由にご参加いただけるブログですので(ただ、エロブログのリンクを貼るのは勘弁して下さいね)、もしよろしかったら、何かお気づきの方は、先にこの双耳小壺についてメールでコメントしてみて下さいね。
そう言えば、以前の双耳壷の件もそのまんまでしたね。良いのです。放置プレイ中ですから。



④黒褐釉陶(または黒褐釉系陶を含む)は現地で「チャリエン」と呼び名が本当に定着しているのか [モン・コ・ノーイ]
以前から紹介してきたことではありますが、「黒褐釉陶及び黒褐釉系陶」は通常は現地でも基本的には、「モン」などと言った一連の呼称でも呼ばれており、それを日本語にしたら、「モン(陶)」になります。要するに言葉通り「モン陶」扱いです。
その系統のもの全てに関してを「モン(モン陶)」と別物で完全に違う存在だなどとする人はあまり(ほとんど)いません。小壺の場合においても、「黒褐釉及び黒褐釉系の小壺」も上記と同様に「モン」や「コン・モン」、「モン・コ・ノーイ」などと呼ばれ、これは黒褐釉系ではない灰釉系小壷と同じ呼び名であります。
「黒褐釉小壷の中でも特に釉の黒いもの」は、現地で俗称で「モン・スィー・ダム」とも言われますが、このタイ語を訳せば「モン・色・黒」ということで、要するに「黒い色のモン(陶)」という意味です。これすらも、「モン(陶)」扱いされているのがご理解いただけると思います。(非常に初歩的なタイ語もろくに理解しない為、現地でどういう呼び方がなされていたりするのかさえもきちんと調べられないレベルなのに、専門家ぶって平気で小壺なんかを分類しているような輩もいるようですが、そういうレベルだと「モン・スィー・ダム」なんて初めて聞いた言葉かも知れないですね)。
現地では、これを指して「チャリエン」としている場合もあるようです。私も以前は、何人かからそうだと聞かされていたので、小壺に関しては、そのように思っていました。(ただ、どっちにころんでも、学術的分類などとは到底言えないものですし、現在、現地でも普通は使う必要のない言葉ですので、大した問題でもないのかも知れませんが)。
日本の中には「黒褐釉系」とさえ呼ぶのもどうか、とためらってしまうような色合いのものまで何でもかんでも「チャリエン」と考えている方もおられるようなので、最初は違う意味でびっくりしたものです。現地では、そんなにいなかったので。
まあ、それは置いておくとしても、少なくとも現地では、小壺においては「ほぼ黒色のもの」と「黒褐釉系のもの」は、上記の通り区別している場合があります。「モン・スィー・ダム」の方が数が少なく、見た目も綺麗な為か、普通はほかのモン・コ・ノーイの小壷よりも価格も高くなっています。そのほかのものは、分類や価格に特に差は見られないことが多いようです。強いて言えば、釉があまり美しくないものが多い分、黒褐釉系の小壺の方が価格が安めという傾向がある位です。「黒褐釉系」のものなら数自体も沢山ありますから。もちろん、「モン・スィー・ダム」のように黒いものではない、別の色の小壷でも釉の美しいものは高いのですが、これは当たり前のことですね。
どちらにしろ、もし現地で黒褐釉系の小壺が「チャリエン(の小壺)」という分類をされた場合があっても、どこから区別されるのかもはっきりしていない、実体のないあやふやなものであるということが、この例からも分かると思います。
まとめ
「チャリエン」という言葉は、「昔に、そう区別していたから呼び名が残っている」(残骸)と取った方が普通である。黒褐釉系の小壺に関して、現地の普通一般の扱われ方を考えると、「チャリエン」と言う言葉が使用された場合は、「モン陶の小壺の中でさらに区別をつけようとするときのもの」であると言っても良いかも知れない。だが、基本的には、そのように使われることもまず無い。
また、「チャリエン」という分類の本来の意味としては、既に死語に近いものである。(特に小壺などでは、提示されたチャリエンの分類の根拠の全てが、かなり薄弱なものであることは、私が今までにも述べてきた通りである。少なくともこのブログ内で今まで検証してきたものに関しては、とても学術的な分類の根拠とはなりえないものである。)。
ハッキリ言って、もし本当に現地でも「黒褐釉及び黒褐釉系の小壺」が他の小壺と「完全な別物」と考えられているのなら、もっと言葉も厳格に使い分けられている筈であるが、実際はそうではない。少なくとも現在、現地において小壺が「モン」と「チャリエン」という二つに、「いつでも必ず別物として厳格に分類されている」と言っている方はおられないと思うし、これからも出ないと思う。もしいたら、困る。(まともではないから)。
※くどいかも知れませんが、ここで言っているのは、一般のスンコロク陶ではなく、それとは胎土の異なるものの事です。また、今回「チャリエン」という言葉に関してここで考察した事は、本の中のことではなく、実際に現地ではどのような感じで存在しているのかということについてです。
現地で「モン・スィー・ダム」とされる色合いの小壷をいくつか出してみました。色で区別されるものであって、小壺の形状で区別されるものではありません(俗称ですから)。「ほぼ真っ黒な黒褐色」というのは作るのが容易ではないので、それをもってして分類をするのは、一応可能かもしれません。でもこれをもって「チャリエン」と定義するのは、前にも言ったように「後出しのじゃんけん」のようなものです。(現在、黒褐釉系のものも含めて「チャリエン」とする場合もあるので。完成されている分類ではないですから。)。
それに、そこまで小さく学術的に分類する必然性も、今の所私には見当たらないと思います。

③黒褐釉系のものには形状に変化がみられないか(同タイプのものばかりなのか) [モン・コ・ノーイ]
黒褐釉系の小壺は、形状に成長過程の変化が見られない、としてそれ以外の灰釉系の小壺と区別できるとしている方も中にはおられるようです。酷い勘違いとしか言いようのない分析です。
黒褐釉系の小壺に関しても、高台・全体の形とも、かなりのバリエーションがあり、変化に富んでいると言えます。ずっと「ほぼ同タイプのもの」ばかりが、せっせと作られていた訳ではありません。
高台だけに関してみても、前回お見せした通り、多くのタイプが存在しています。底部が糸切りのものだけでなく、灰釉系の小壺に見られるものと同様の、「ヘラのようなもので形を整えた、糸切り痕のないもの」が存在していることだけをとってみても、「形状に成長過程の変化が見られない」などと言う事は、いかにこれらの小壺のことを分かっていない考察であるのかが分かります。
前回(②)のところで高台部分に関しては、大体のところは言及致しましたので、全体の形に関して見てみることに致します。
黒褐釉系の小壺をみつくろって、横から形状を見てみます。いかに変化に富んでいるかがお分かりいただけるかと存じます。実をいうと、私の見て来た限りでは、形状の種類に関して言えば、灰釉系の小壺より、黒褐釉系の小壺の方が、変化に富んでいると言える位です。まだ今回お見せしなかったタイプのものも所有致しております。(例えば、かなり小さい小壺などもあります。高さだけなら、安南のちょっとした豆小壺に近い位です。後ほどお見せすることになると思います。)。

まとめ
「黒褐釉系の小壺は、灰釉系の小壺と比べて、形状に成長過程の変化が見られない」という意見は到底受け入れられないものである。よって、それを理由に灰釉系の小壺と分けて、「チャリエン陶の小壺」などと分類する基準にはできない。
黒褐釉系の小壺に関しても、高台・全体の形とも、かなりのバリエーションがあり、変化に富んでいると言える。少なくとも、「時代による変化も存在している」と考える方が当然である。
(以下は、今後において、更に詳しく述べることもあると思いますが、私の推測していることです。参考とお考え下さい。)
ただ、灰釉系小壺の中には全てとは言えないまでも、青磁(おそらくは竜泉窯系の青磁)を目指したものがあり、スンコロク陶の青磁小壺へのステップとなった経緯があり、こちらの方が、どちらかと言えば、より後まで作られ続けていたのかも知れないとは言える。(繰り返しになるが、「スンコロク陶と胎土の違いの見られる灰釉系小壺」の作陶が初期の時代のみというのは明らかな誤り。パ・ヤーン窯などからも出土する。)。
②高台及び釉のかけ方の違いがあるのか [モン・コ・ノーイ]
結論から言えば、これもお互い入り混じっていて、違いを特定できないと言えます。
高台は糸切りしたのもあれば、おそらくは竹か何かなのでしょうが、ヘラみたいなものが使用された、糸切り痕が無いタイプもあります。糸切りした後、さらに底部の形を整えたものもあります。中には、底部の中央部分をへこませたものもあります。全てが意識してやったものであるかどうかは不明ですが。
施釉に関しても、双方とも底部に達するまで丁寧に施釉したものと、そうでないものが存在しています。
灰釉系小壺の糸切り高台
灰釉系のものには、底部をおそらくは竹か何かなのでしょうが、「ヘラみたいなものを使用した、糸切り痕が無いタイプ」が多く見られるのは事実です。でも糸切り痕の残るものもかなりあります。ここでは、糸切り痕が良く判別できるものを出して見ました。少なくともこの画像により、「糸切りしていないのが灰釉系の小壺の特徴だ」などとは言えないことがご理解いただけると思います。底部の面積が広いものばかりではなく、釉も底部に至るまでかけてはいないものが沢山あるというのが、お分かりいただけることでしょう。
※一番左上のまるい小壺は、実物は、一応濃緑色系です。画像だと黒く見えますけれど。





黒褐釉系小壺の底部のつくり
こちらも、糸切りの高台のみではなく、やはり灰釉系小壺にみられる形状と同様のもの(ヘラみたいなものを使用した、糸切り痕が無いものや、底部の面積も広いもの)が存在します。「糸切りの高台であることが黒褐釉系の小壺の特徴である」という判断をなさる方がおられたとしたら、それは正しい判断とは言えない、ということがお分かりいただけると思います。
釉薬も底部まで丁寧にかけたものもあります。後のも述べますが、高台部分に関しても、「黒褐釉系小壺には、灰釉系小壺と違って大きな変化が見られない」などという発言も当てはまらないことがお分かりいただけるかと思います。とりあえず、いろいろなタイプを載せましたので、ご覧下さい。(このブログの機能の欠陥なのですが、端っこが入りきらないものがあります。すみません。)
※黒褐釉系小壺においても、底部に「窯印?」をしたものが存在するのも分かります。


黒褐釉系小壺と灰釉系小壺の高台比較
黒褐釉系の小壺で、「ヘラみたいなものを使用した、糸切り痕が無いもの」を提示してみました。こういったものの存在をご存じなかった方もおられるようですが、これで私が、「灰釉系小壺と黒褐釉系小壺で底部の作り方も入り混じっている」と言った本当の意味をご理解いただけるかと思います。資料が無くて、ご存じなかったのは仕方の無いことですが、少なくとも「黒褐釉系の小壺(チャリエン?)は糸切りの高台のみではない」と訂正していただけるかと存じます。


次に「ヘラみたいなものを使用した、糸切り痕が無いもの」の灰釉系小壺と黒褐釉系小壺を同時に並べてみます。手前の二つが灰釉系の小壺です。はっきり言って底部の形状では区別がつかないと思います。黒褐釉系小壺も釉が底部に至るまで、丁寧にかけられています。もし、シャッフルして白黒写真にされたら完全に判りません。少なくとも私には。


底部のつくりに関しての追加事項
上でも述べましたが、高台は、糸切りしたのもあれば、おそらくは竹か何かなのでしょうが、「ヘラみたいなものが使用された、糸切り痕が無いタイプ」もあります。
ここで注目していただきたい資料があります。糸切りした後、さらに底部の形を整えたものの存在です。要するに「同時に両方の技法が併用されている」という事実をご認識していただきたいと言うことです。このことにより、糸切りかそうでないかで区別する方法は大いに疑問であると言えます。(一番左下の小壺は口縁部にリペアがあります。まあ、底部自体には全く関係ないのですが)。
完全な黒褐釉系と言える小壺では、まだ両方の痕が同時に残るものが見当たらないのですが(まあ、左側の二つは、人によっては黒褐釉系小壺(チャリエン)とするかも知れない釉の色ですが)、「ヘラみたいなものが使用された、糸切り痕が無いタイプの小壺」自体は存在しているので、こちらも「同時に両方が併用されていた場合がある」と考えるのが妥当だと思います。
私の考えですが、「ヘラみたいなものが使用された、糸切り痕が無いタイプ」の場合は、糸切りしてからヘラみたいなもので形を整えていた場合が多かったのではないかと思っております。要はこの資料(この小壺)を作った時だけ「ちょっと手を抜いて作った為に、糸切り痕が残ってしまった」というだけなのかも知れない、ということです。


全部ヘラのようなものを使い、底部の形を整えたもの・糸切りした後にヘラのようなものを使い、さらに整えたもの(糸切り痕が少し残っています)など、いろいろなものが見られます。




底部をへこませる・化粧がけの有無・模様の有無
これはついでですが、小壺の中には、底部の中央部分をへこませたものもあります。全てが意識してやったものであるかどうかは不明です。画像では判らないかも知れないです。
黒褐釉系小壺と灰釉系小壺の両方に存在します。




釉下に化粧がけのあるなしで区別すること、模様(非常にシンプルな、輪の形に陰刻をしているものがある)があるなしで区別することもできないと思います。画像にてご確認下さい。


結論
高台の作り方で区別ができると言う発言は受け入れ難い。(当てはまらないものが多すぎる)。
釉も底に達するまでかけたり、かけなかったりとバラバラである。ただ、灰釉系小壷の方が、底の方まで丁寧にかけようとしたものが多いとは思える。だが、これをもって判別の基準にするのは根拠としては、かなり薄弱である。(数がいくらか多いとか、少ないと言う程度のことなら、学術的な分類の基準にはならないと考えるのが妥当)。
また、「窯印?」がついているかどうかで分けようとするのも完全には無理である。ついでに言うなら、化粧がけのあるなしで区別すること、模様(非常にシンプルな、輪の形に陰刻をしているものがある)があるなしで区別することもできない。
現段階では「お互い入り混じっていて、違いを特定できない」とすべき。私の提示したものがフェイクでない限り、少なくとも釉の色の違い以外で完全に分類するのは不可能と思われる。
━意見が異なったのはおそらくは目にしてきた小壺の絶対数の違いの為でしょう━
①胎土の違いがあるか [モン・コ・ノーイ]
「灰釉(系)陶」と「黒褐釉(系)陶」の双方は、土味はお互いに赤土色から黒色まで入り混じっていて、違いを特定・断定はできません。特に小壺などではそう言えます。
色の違いは、「焼き上がる状態(温度等)に大きく左右されている」と考えた方が良いと思われるものも多くあります。底部がツーカラーになっている資料がありますので、出しておきます。
「灰釉(系)陶」と「黒褐釉(系)陶」は両方ともほぼコ・ノーイ地区及びその近辺からのものです。少なくとも「コ・ノーイ産のものが多数存在する」とは確実に言えます。特に初期の段階ではそうです。その場合、産地が同じなので、土もほぼ同じものであり、それなら、胎土が違うとするのは無理です。
ツーカラーのもの
灰釉の小壺と、黒褐釉双耳壷の底部。一方は小壺ではありませんが、発色の違いを見ていただくことが目的なので、分かり易い、この双耳壷を出してみました。こういったものを見ると、例えば「色が赤茶と黒色だから別物と区別できる」とか言う発言などは見当違いだと言うことが分かると思います。それは、焼き物のこと自体が分かっていないとも取れる発言です。以前に少し書いたことがあったと思いますが、パヤオ陶などでも赤茶色一色の土味のものなども存在します。主に焼かれ具合によるものが原因と思われます。土味が黒色のものがパヤオ陶と言うのは、合ってはいますが、50点です。
胎土・土味を見た目の判断だけに頼るのは、成分比率を化学分析するのと比べ、正確さにおいて疑問があります。




灰釉系の小壺の土味
かなり色に幅があるのがご理解いただけると思います。欠けて内部の胎土が見えるものもあるので、その違いも見比べて見てください。手前の右側の小壺なんかは手にしてみると画像よりももっと黒いです。土を洗い落としてから撮ったので、少し水分が残ってしまっておりますが、これだけ違いが判るので問題ないですよね。この小壺一点一点にも述べることがあるのですが、長くなるのでまた今度にします。


黒褐釉系の小壺の土味
こちらも同じように各種取り揃えてございます。少なくとも「黒褐釉系の小壺全体をチャリエン陶小壺」と分類し、「独自の胎土・土味がある」などというのはまったくのデタラメであることが良くお解りいただけのではないかと思います。


結論
双方に胎土(または土味に関しても)の違いがあり、はっきり区別ができるとか、これはモンの土味、あるいはチャリエンの土味で間違いないなどと言う発言があれば、それは甚だいいかげんなものであり、怪しい論拠である。現時点では、「双方を胎土・土味に関して、見た目で分ける基準は見あたらない」と言った方が適正であると私は考える。判別できるとしたのは、資料が少なかったのか、この種の焼き物の特性のイロハが分かっていないのであろう。
(「黒褐釉系の小壺を全てチャリエン陶」と分類しようとするのなら、ですけど。この小壺群の中からハッキリ別物と判別できる特徴を持つものを見つけだし、それに関して今後「チャリエン陶」としよう、と提案するのなら分かります。でも、それはどちらにしろ、本来「黒褐釉系陶の全体を指してチャリエン」としていることを考えれば、「後だしジャンケン」です。)。
※くどいようですが、スンコロク陶の黒褐釉は、今回の論議からはずしています。
※デジカメ画像なので、黒褐釉と、そうでないものとが同じような色に見えてしまうものもあるかもしれませんが、一緒に並べて、ある程度のところから分けています。その基準は私の独断ではありますが、実際にほぼ黒褐釉に近い濃黒緑色など、どちらともいえるような色合いのものも多くあります。もともと私のスタンス(小壺でモンとチャリエンに分けるのはナンセンスであるという立場)から言えば、そういうものがあるのは当然と言えるのですけれど。
※胎土・土味の色の違いは「土の精錬の度合いによるもの」も勿論あると思いますが、今回の目的は「チャリエン独自の特徴があると言えるのか」と言うことですので、割愛致します。
━「モン」という呼称についての再確認━
まず、第一に言っておくことなのですが、現地の分類には「モン」とさらに分けて分類する「初期スンコロク」なる分類はありません。「普通一般のスンコロク陶より以前に開始された形状のもの(胎土に違いのみられるもの)」、要するに「プレ・スンコロク」をまとめて通常は「モン」などという、先にご紹介したいくつかの呼び名で呼んでいます。
くどいようですが、要するに、スンコロクより前のものは「モン族」が関係していると考えて、それに付けた名称が「モン」をはじめとする一連の呼称なのです。ですから、黒褐釉系陶の「チャリエン」という分類も、現地では大抵は「モン」の中に含まれ、[日本語で言えば、「モン陶」]扱いされています。
繰り返しますが、[全てを指す「モン」という言葉]の中に「黒褐釉系陶」も当然含まれます。ですから、灰釉系のもののみを日本語訳で「モン陶」とする分類をしてしまうことは、現地の一般の概念を必ずしも正確に反映していないものです。また、灰釉系のみを「モン陶」としてしまったら、全体を「モン」としている現地の言葉に当てはめる言葉がなくなってしまいます。
「モン(モン陶)」の中の「灰釉(系)陶」と、「黒褐釉(系)陶」または「チャリエン陶」なのです。少なくとも現在、現地の多くのタイ人の方はこういうようにとらえているようです。(現地の言葉を反映していない分類が本の中ではなされているものもありますが)。いつまでもご理解していただけない方には、タイ語をもう少しお勉強して現地で確認して下さい、としか言えないです。


