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宿題をしています [スンコロク(シー・サッチャナーライ)]

以前にやり残したことがあるので、ここでやろうと思います。「宿題」ですか。

以前、「スンコロクの小壺って何に使ったの?④」のところで「スンコロクの出土品には、石灰入りはあまりみかけません。ただし、破損した青磁壷の中に石灰と思われる白い粉の塊があるのを何度か見ました。私が海外で保管している中にも一つあったと思いますので、あったら今度持って来ます。」と書きましたので、その画像をお見せします。あと、参考にモン陶の壷内に石灰のあるものも一点掲示致します。

石灰の残存するシー・サッチャナーライの青磁壷の陶片   高さ約60ミリ・幅約75ミリ

ご覧の通り、内部に石灰が残っているのが確認できます。なお、私の知る限り(現地で確認した限り)では、青磁系の壺の中にこうして石灰を確認できる例は、それほど多くありません。貴重な資料と言えるのかも知れないです。






石灰の残存するモン陶(モン・コ・ノーイ)の壷   高さ約90ミリ・幅約115ミリ

実は残念ながら口辺部分にいくらかリペア箇所があるのですが、ご覧の通り、こちらも内部にたっぷり石灰が残っているのが確認できます。石灰残存例の資料としては問題ないと思いますので掲載致しました。
青磁壷と比べて、モンの壷のほうに石灰の残存例が偏っているように思われます。これは今後の研究課題です。

なお、ついでなのですが、一部の研究者の中には、トゥッカター(人形)のほおがふくらんでいるものは、キンマをしている為だと声高に主張する方もおられるようですが、これは間違いです。まあ、間違いとまではいかなくとも、少なくとも現地の人たちの大部分はそう言っておりませんので、これにまったく触れずに「キンマ」と意見を確定するようなことは大きな問題と言えます。
やはり、現地の文化をあまり知らない上に、ちょっとしたコミュニケーションレベルのタイ語もできないことが問題となっているのでしょう。



面倒くさいから、触れないようにしていたのですが、何をほおばっているのか、また書かないといけないかもしれないですね。みなさんは、何をほおばっているとお考えですか?

※この下にある「コメント」のところに一応答えが書いてあります。細かな説明や画像は、また今度取り扱おうと思います。




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doraneko

こんばんわ、いつも拝見しています。(二度目のコメントです)。
何を食べてるか想像がつきません。嬉しそうなのでおいしいものなんでしょうね。

「虫歯が腫れて顔が引きつっている」というのも考えましたが・・・^^;
by doraneko (2007-02-24 04:31) 

ハイム

コメントいただき有難うございます。ご覧いただけて嬉しいです。実は、ほおばっているものが何かは2つの説がありました。一つは私も実際に食べてみたのですが、おいしかったです。いずれにせよ、現地の方々の言うのには、「キンマ(タイ語でキンマーク)」ではないとのことでした。
勿論、虫歯ではないし、喧嘩したわけでもないです(笑)。
by ハイム (2007-02-24 17:27) 

draneko

日本ではあまり食べないものでしょうか?では昆虫系で、ハチの子かコガネムシはどうでしょうか? (数撃てばいつか当たりそうですね^^;。すみません。)

私も少数ですが東南アジアの陶磁を持っているのですが、前から気になっていることがあります。。「クメール陶のうち、タイ東北部で作られたものは黒褐釉が緑っぽくなる」と聞いたことがあるのですが、手持ちのクメールの小壷(と説明されました)と「チャリエン」の小壷を比べると、同じ様な緑っぽい黒褐色をしています。時代、産地、あるいは民族、いずれかに共通性があるとみていいんでしょうか。

長くなってしまいました。初歩的、あるいは的外れな質問なのかもしれませんが・・・。お時間のあるときにでもご教示頂ければ幸いです。
by draneko (2007-02-25 01:45) 

ハイム

私の食べたものは、日本にはないものです。材料はあるものもあります。あっ、「材料」と言ってしまいましたね。


ご質問に関しましては、、、
じつは本ブログ内でも、「上は宋胡録焼きにも影響を及ぼしたと考えられるクメールの小壺」とか、「③モン(Mon)族に関して モン陶の名前の由来になっているモン(Mon)族は、クメールのモン・クメール族とビルマのペグー王朝のモン族と祖先を同じくする民族と考えられています。」などといったキーワードが潜んでいます。

底部の糸切りの平高台・内底部(小壺の中部の底の部分)の一段低くへっ込ませるつくり等からみても、モン陶(モン・コ・ノーイ)のこのつくりは、中国よりもタイ東北部(ブリーラムの諸窯)の影響と考えるのが妥当です。
モン陶の開始時期と思われる頃は、「シー・サッチャナーライ」と言わずに、「チャリアン(地元の人たちはチャリエンとは発音していないです)」という名称だったそうで、当時はクメールの支配下(または強い影響下)にあったという考えが主流のようです。

なお、タイ東北部(ブリーラムの諸窯)のものと、シー・サッチャナーライ地区のモン・コ・ノーイの黒褐釉陶(私のスタンスでは検証しました通り、「チャリエン」という分類ではないです)は、間違いなくそれぞれの地で生産されたもので、産地は同じではないです。(なお、こちらに関しましても、本当は「チャリエン」ではなくて「チャリアン」が正しい発音だそうです)。

モン陶(モン・コ・ノーイ)は、ミャンマーやタイ国内のミャンマーに近いところで出土する「モン族の作った陶器」と言われるものと非常に似通ったものが存在します。また、クメール人もモン・クメール族というくらいで、モン族の系譜です。もし、モン陶の開始時にモン族が関係していたとしたら説明が可能なのです。まだ、あくまでも可能性で、確定はしておりません。今後に研究・検証されていくことが望まれる分野ですね。
by ハイム (2007-02-25 17:15) 

doraneko

お返事ありがとうございます。
内底部は気がつきませんでした。二個の壷を比較してみたところ、渦を巻きながら(指の跡?)へこんでいました。モンの黒褐釉陶(「チャリエン」ではないんですね)の方はやや出ベソのようでした。モン陶は産地がいくつかあって検証可能である、という理解でよいのでしょうか。そしてつくりの面でクメールのタイ東北部諸窯からの影響が色濃い、と。

実物を数見ていないので、アタマにもなかなか入ってこないもどかしさを感じます。いつか現地にも行ってみたいものです。

で、人形の食べているもの、ですが・・・材料?・・・タイ風カレー?トムヤムクン?   うーん、分かりません・・・。
by doraneko (2007-02-26 12:33) 

ハイム

うまく言えなくてすみませんが、ブリーラム諸窯のものは一般的に「クメール陶」に分類されているものです。シー・サッチャナーライのものが「モン」とか「モン・コ・ノーイ」と現地で呼ばれている、いわゆる日本で言う「モン陶」のことです。
(このモン陶の中でも、黒褐釉(系)のものを「作りも違う」などと言って、「チャリエン」と分類したがっている方がおられますが、特に小壺などでは色の違い以外は現時点において明確な分類ができない、現地でもこの分類は死語に近い、というのが、前回に特集をくんだやつで、私のスタンスです)。
あと、ミャンマーに近いタイの国境近辺で出土する、モン族がつくったと言われている盤なども現地では「モン」と言われている例がありますが、製作地はおそらくこの近辺です。(おそらく、こちらは言及している資料や本自体が日本では皆無に近いと思います)。

繰り返しになりますが、順を追うと、「タイ東北部のブリーラム諸窯のクメール陶」の作陶方法の影響を、「シー・サッチャナーライのモン陶」が大きく受けた可能性が高い、ということです。(ただし、モン陶は「ブリーラム諸窯のクメール陶」の影響だけを受けたわけではないのです。釉や底部・内底部等は、こちらの影響が色濃いということです)。

なお、やはり資料は例え同じ窯のものでも、複数個ずつ見ないと検証は難しいと言えます。できれば、「両方の、小壺よりもやや大きめの壷の内部」をのぞいて見て、内底部のつくりを比べていただいた方がより分かり易いと思います。あと、根本的な問題として、doranekoさんの資料自体の分類が本当に正しいか(その産地のものであるのか)ということもあります。(骨董屋さんなどは、残念ながら、悪気がないとしても、時には全然違うとんでもない分類や説明をしたりする時が多いのです)。

これも繰り返しですが、私の意見が絶対ということではないので、それぞれの方の意見(説)と、お手持ちの資料等をご参考にして、ご自分でご判断いただけると幸いです。

本当は今回書いている事は、あとでブログに書く予定だったのですけれど。
なお、食べているものは、それらとは違うものです。
by ハイム (2007-02-26 21:09) 

NO NAME

丁寧なご教示、恐縮です。

ブリーラム諸窯はクメール陶に分類。シー・サッチャナーライ窯の古い時期(チャリアン)に、クメールの影響下でモン陶の制作が開始されたと思われる、ということですね。モン陶というと基本的にシー・サッチャナーライの産なのですね。各地の窯址から出てくる、と思っていました・・・^^;。その、ミャンマー-タイ国境あたりで出土したというモン族の陶器も、資料があれば見せていただきたいものです。

私の手持ちの資料、黒褐釉のモン小壷は専門業者から入手したもので間違いないと思うのですが、クメールの方は一般の方からのものです。高台が小さいシルエットはクメールと思わせるのですが、釉調が図録等を当たって違うような気もする、という、なかなか厄介な代物です(もちろん素人の私にとって、の話ですが・・・)。

古陶の共通点や相違点を見ていると、大変興味深いものがあります。数見ることと、用語の理解が今後の課題かなと思いました。いつか現地にも行ってみたいものです。

あとクイズ(?)の答えですが、すみません、全く分かりません。なんとなくお菓子のような気もしますが・・・。ブログ更新のお邪魔をしてもいけませんので、この辺にして。宿題のほうにお戻りください。ありがとうございました。
by NO NAME (2007-02-27 12:59) 

doraneko

すみません、上のコメントは私です。無記名で投稿してしまいました。
by doraneko (2007-02-27 13:01) 

ハイム

メールいただき、有難うございます。
一応、ということなのですが、「シー・サッチャナーライ窯の古い時期(チャリアン)」と言う表現だと微妙にニュアンスが違ってしまうような気がします。確認の為書きますが、シー・サッチャナーライはスコータイ王朝の都市の名前であり、その都市の旧名が「チャリアン」です。現在もこの名前の地区が残っています。
シー・サッチャナーライがチャリアンと呼ばれていた頃のうちには、おそらく作陶が開始されていたと思われるもの(確定ではないです)を現地では「モン」とか「モン・コ・ノーイ」というように呼んでいる(※)、というのが良いでしょうか。これを一部の方が、黒褐釉を「チャリエン(発音にも問題アリ)」とさらに分類したがっているのです。
※ただし、無釉の焼締陶などは、モン(陶)とは呼んでいないです。開始時期は同じように早期のものと思われているのですが。

あと、もう一点、他の読者の方の為に一応の確認ですが、シー・サッチャナーライにおける各々名称のある窯群の製品を総称して日本では「スンコロク(宋胡録)」などといった通称で呼んでいるのです。「シー・サッチャナーライ陶」などと呼ばれている場合もあります。前出の「コ・ノーイ窯」や「パ・ヤーン窯」などいろいろなものがあります。
これをタイ語のロクに分からない方達が「コーノイ」とか「ガオノーイ」とか「バヤン」などと無責任に好き勝手な名称で本などまで出して紹介してきた為に、皆さん(私も含め)が混乱してしまう原因となってしまっているようです。

なお、食べているものは「お菓子」で正解です。私が食べたほうはスコータイ近辺のお菓子でした。もう一説は、お菓子というのとはちょっと違います。なお、名前は両方とも「ミアン」と言います。お菓子の方は、いつか画像を出そうと思います(ご希望の資料の画像も含めて後ほどということで)。もう一方は、お茶の葉からつくるものです。画像は持っていないのですが、インターネットでミアン(またはミヤン)で調べるといくらでもあると思います。すみませんが、そちらはご自分でご確認下さい。
なお、スコータイのお菓子のほうは私もネットでちょっと調べてみましたが、載っていないようです。ミアン・カムとは違います。

話がややこしくてすみませんでした。また遊びにいらして下さいね。
by ハイム (2007-02-28 15:28) 

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